デジタルハリウッド(専門スクール)

3DCGデザイナー専攻

3DCGの基礎からモデリング・アニメーションなど
「3DCGデザイナー」としての就転職に求められるスキルを習得できる!

講師紹介

“年齢”や“未経験”という不安の中、黒木先生が3DCGと出会い、現場の最前線で活躍するクリエイターになるまでを、波乱万丈なエピソードも交えお話を伺いました。

黒木速人先生

黒木速人先生

2000年デジタルハリウッド東京本校・総合ProコースCGクリエイター専攻卒業。
卒業後は、フリーランスとして制作活動を開始。
その後、 (株)ポリゴン・ピクチュアズにてスーパーバイザーとして勤務。2004年にデジタルハリウッド3DCG専攻の講師に就任。
現在は、圧倒的なクオリティでCG業界を牽引するデジタルアニメーションスタジオ(株)ポリゴン・ピクチュアズのアニメーション部部長として若手クリエイターを率いるポジションで活躍中。

デジタルハリウッドへ入学し、卒業後の現在は日本を代表するデジタルアニメーションスタジオ(株)ポリゴン・ピクチュアズのアニメーション部部長として、多くのアニメーターを率いるポジションで活躍されている黒木速人氏。
長らくデジタルハリウッドで講師としても活躍されており、現在は3DCG映像アーティスト専攻の週末クラスを担当されています。
そんな黒木先生が、37歳を節目に感じた“危機感”や“この業界にしがみついてやろう”という決意。
“年齢”や“未経験”という不安の中、黒木先生が3DCGと出会い、現場の最前線で活躍するクリエイターになるまでを、波乱万丈なエピソードも交えお話を伺いました。

01. 37歳を節目に感じた「こんな人生じゃなかったはずだ。」という危機感。

黒木先生は、2000年の総合ProコースCGクリエイター専攻の卒業生ですが、入学に至るまでの経緯をこれまでのご経歴と ともにお話をお聞かせいただければと思います。

僕は20代後半まで本気でバンド活動をしていました。 「ミュージシャンで飯を食っていく。」という覚悟でプロデビューを目指していましたが、26歳を節目にバンド活動を休止する事にしたんですね。プロのミュージシャンを諦めたのはいいのですが、これまでバンドしかしてこなかった自分に今更何が出来るのかと悩みました。丁度そのタイミングで結婚をしたこともありまして、安定した収入を得る為に、友人からの紹介で大型トラック(11トン車)の免許を取り、運転手の仕事を始めました。27歳くらいの時ですね。

その後、3DCGに出会う転機が訪れたのですか?

そうですね。 自分の中で 「トラック運転手の仕事は、2・3年で辞めて、30歳までには自分が本当にやりたいことを見つけよう。」と思っていました。ただ、なかなかけじめを着ける事が出来ず10年続けてしまったんですね。35歳になっていました。そんな時、いつも通りトラックに乗っていて、「こんな人生じゃなかったはずだ。」と、ふと恐怖を感じたのです。

恐怖ですか?

もともと、本気でバンド活動をしていた事もあり、何かを創造すること、自分が作ったものを相手に伝える、いわゆるエンターテインメントの仕事に喜びを感じていたんですね。そんな自分が、このままトラックの運転手を続けていていいのかという、自分自身に対する恐怖に近い危機感です。その時にたまたま行った、映画の“インデペンデンス・ディ”公開記念で行われていたエイリアン展の出口で偶然デジタルハリウッドの体験入学のブースを見つけました。ハリウッド映画でCGが使われている事は知っていましたが、それを日本で勉強できる学校があるんだ!と衝撃を受けました。

それがデジタルハリウッドとの出会いですね。

ただ、すぐに入学したわけではなくて、そこから2年間はデジタルハリウッドから来るDMを見ながら思いをくすぶらせたままでした。自分が置かれている環境から早く抜け出したい、という強い気持ちや、一生トラックで終わってしまうのではないかという恐怖は日々感じていたので、いちかばちかチャレンジしてみよう!と決断したのが、37歳の時でした。トラックの仕事と並行して深夜の倉庫のアルバイトもして学費を貯めました。

3DCGを学べる学校はデジタルハリウッド以外にもありますが、何故デジタルハリウッドを選んだのでしょうか?

他の学校にも説明を聞きに行きましたが、僕はその当時37歳という年齢のこともあったので、いかに業界と繋がれるか、転職へのパイプが太いか、それが重要だったんですね。 「CGを教えている学校で一番業界に対してのコネクションがあるな」と感じたのがデジタルハリウッドへの入学の決め手でした。

37歳で3DCGの勉強をはじめられた黒木先生。在学中は、スキルの習得も含め、マインド的に大変だったこともあったかと思います。お聞かせいただけますか?

そうですね。3DCGの用語や言葉でつまずいていたら仕方ないと思い、入学前からありとあらゆる専門誌を買いあさり、徹底的に調べまくりました。入学後も調べる行為は絶えず行っていましたね。

クラスの雰囲気はいかがでしたか?

若い人達ばかりだろうなと思い入学したら、やはりクラスに30代は僕だけでした。ただ3DCGという共通の目標を持っている人達の集まりなので、楽しく勉強できました。 僕は3DCGのコース以外で短期講座のデッサンも専攻しましたが、本格的に絵を習うなんて始めての経験で、非常にインスパイアされるものが多かったです。デッサンの授業は鉛筆を削るところから始まり、家でも夢中で描きました。 今でも先生が指導してくださったことは、3DCGの基本中の基本として参考になったと感じています。

卒業後はどのような行動をされたのでしょうか?

卒業したのは2000年で、僕は38歳でした。20代という若い人達ばかりの中で、ポートフォリオを持って企業にエントリーするといった一般的な転職活動を行っても、年齢というハードルで面接を落とされるなと思いました。ただ「なんとかしてCG業界や、CG制作に携わっていたい。」という強い思いから、当時デジタルハリウッドで募集をしていたTAの仕事を始めました。その後、僕がTAとして担当したクラスの講師から、業務委託でポリゴン・ピクチュアズの仕事をいただき、自宅で制作をしていました。TAの仕事とトラック運転手の仕事を並行していたので、時間はなかったですが、CG制作の仕事に携わっていられるという喜びが大きかったですね。全然苦ではなかったです。 ※TA(ティーチングアシスタント)は実習授業の中で講師のサポートをするスタッフ。

02. この人がいないとダメだ!と言ってもらえるポジションを築いてやる!

その後、ポリゴン・ピクチュアズの担当者から直接連絡があり仕事をいただきました。 実際にプロダクションの現場へ行って制作をする案件だったのでトラックの仕事とは並行が難しくなり 腹を決めてトラックの仕事を辞め、現場でのCG制作に携わりました。これまでCGとの繋がりはデジタルハリウッドだけでしたが、初めて行った実際の現場で、プロフェッショナルの仕事のやりとりを見て、「やっぱりいいなー!」と感動しましたし、「この世界に居るしかない。」と改めて思いました。最初は、3ヶ月の契約で、その後、半年1年と契約が伸びて、業務委託から社員になり現在に至ります。

ポリゴン・ピクチュアズの雰囲気はどうでしたか?

ポリゴン・ピクチュアズはデジタルハリウッド卒業生がとても多いので、デジタルハリウッドの延長線上のような雰囲気で、すんなり入っていけました(笑)現在もクリエイター系部門の部長職の5人中4人がデジタルハリウッド出身です。

現場に出てからはどのような苦労がありましたか?

現場に行ってからが本番でしたね。やはり周りは若い人達ばかりで、僕と同年代の人は、ディレクター、プロデューサーといった現場をまとめるベテランばかりでした。そこにコンプレックスは感じていませんでしたが、若いクリエイター達と同じ動きをしていても駄目だと思い、社内で誰も手をつけていない分野を積極的に攻めました。ポリゴン・ピクチュアズにはこの人がいないとダメだ!と周りに言ってもらえるポジションを築いてやる!という、覚悟を持ち仕事をしました。

現在は部長としてクリエイターを率いる立場になられていますが、こんな人と一緒に働きたいという願望はありますか?

“プロの世界の仕事” を楽しめる人と一緒に働きたいですね

具体的にはどういう事を指すのでしょうか?

僕らはあくまでも産業デザイナーですから、100%自分の作りたいものを作れるわけではありません。ただ、ひとつのプロジェクトが終わった時の達成感は素晴らしいです。制作の苦労も帳消しになる不思議な世界です。その現場の感覚を楽しめる人と一緒に働きたいですね。

03. 自分が何をしたいのか、明確な意思を持つこと

続いては講師業についてお伺いいたします。黒木先生が最初の授業で伝える事はなんですか?

クラスの中には、あらかじめ3DCGの知識を持っている人、そうでない人、色々な方がいます。 最初の授業では、「僕の経験を踏まえたスピードで進めるので、誰のペースにも合わせません。」と伝えています。 授業についていけないのであれば、それは自分が標準スピードについていけていないということを理解して、予習・復習をきちんとしてくださいと伝えます。また、授業に十分ついて来ることができる人は、もっともっと自分を高める為に、カリキュラム以外の事でもどんどん興味があることをしなさいと伝えます。

10年間の講師経験からくる最善のスピードで授業を進めているんですね。

CGは、MAYAというソフトひとつとっても1年で覚えきれるものではないです。 実際の制作現場でもMAYAなんて全ての機能の30%程度も使えれば良い方です。ツールを覚えるよりも、“自分が何をしたいのか、明確な意思を持つこと”それが大切だと思います。

明確な意思とは具体的にどういうものでしょうか?

例えば技術面で言えば、何か一つの分野にとことんこだわるなどですね。 正直、CG制作において “とりあえず満遍なくやる”は一番良くない事です。 僕が受講生だった時も、講師を始めた時も、クラスに1人か2人はひとつの技術に特化した破天荒な人がいました。 改めて思いますが、自分がやりたいことが明確な人は成功しています。 決してインパクトがある作品ではなくても、見た時に「いいものを持っている!」と思わせてくれる作品制作にこだわって欲しいですね。

黒木先生が受講されていた時はどのようなお気持ちだったのですか?

僕の場合は、「失敗したら後が無い、CGの業界で自分のポジションを明確にする。」という非常に強いモチベーションを持っていました。 学生のうちから、何に特化したいかという意思を持つことはなかなか大変ですが、自分の人生と置き換えて考えてみるといいと思います。

これから3DCGの業界を目指す方へアドバイスをいただけますか?

せっかくクリエイターを志すのであれば、応用する力や、創造する力を身に付けてもらいたいです。 最近はソーシャルメディアも発達して、インターネットで検索すると情報を簡単に得られる時代ですよね。ですが、情報の多さには良い面も悪い面もあるので、情報を多く持っているほうが優れていると短絡的に考えないでほしいです。 情報は無ければ無い程、自分で創造する力が養われるという側面もあります。学生の間は頭でっかちにならず、 まず基本がどれだけ出来るかを大事にしてほしいです。

情報に頼らず、自分の力で基本をしっかり習得することが応用力に繋がっていくのですね。

そうですね。実体験でしか身につかない事が沢山あります。自分の手で実体験と失敗を繰り返すことで、応用力が身についていきます。これは僕のクラスの受講生にも常に伝えていることですが、プロの現場では、同じ作品、同じキャラクターを2度作るなんて事はありません。ですので必然的に応用する力や、創造する力が必要になりますし、応用する力や創造する力がないと、現場では「必要ありません」とジャッジされてしまいます。あくまでもクリエイターとは創造する人のことを言うのであって、そうでなければただのオペレーターです。そして創造する力は自分の実体験の中で身に付いていくものです。だから溢れる情報だけに頼らず、失敗も成功も体験しながら自身で積み上げていくことを大切にして学習を進めてもらいたいと思います。 一緒にがんばりましょう!

いろんな分野の講師がいるから全方向に学びがある!

自分が何をしたいのか、明確な意思を持つこと

黒木速人 先生

圧倒的なクオリティでCG業界を牽引する(株)ポリゴン・ピクチュアズに勤務アニメーション部長として、多くのアニメーターを率いるポジションで活躍

観察する力、実現する力を鍛えるには、作りたいもの自身を好きになる事がとても大切

宮﨑弘喜先生

株式会社CORNFLAKES取締役に就任し3DCGクリエイターとして活躍。

『シドニアの騎士』『Transformers Prime』担当の最前線CGアニメーターベテラン講師

古岩祥幸先生

現役CGアニメーターとして数々の作品の他、デジタルハリウッド大学・専門スクールの講師として後進の指導にも注力。

『Star Wars The Clone Wars』『Metal Gear Solid 4』等、様々なプロジェクトに携わる

大竹祐次 先生

"フリーランスCGアニメーター"として様々なスタジオ・プロジェクトに携わる

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