デジタルハリウッド(専門スクール)

3DCGデザイナー専攻

3DCGの基礎からモデリング・アニメーションなど
「3DCGデザイナー」としての就転職に求められるスキルを習得できる!

講師紹介

観察する力、実現する力を鍛えるには、作りたいもの自身を好きになる事がとても大切

宮﨑弘喜先生


プロフィール
1991年から1996年までSE・プログラマとして、IT系会社に勤務。その後同会社にて3年間WEBデザイナーとしてプロバイダ業務に従事。1999年より3DCGの制作を開始。2000年よりフリーランスクリエイターとして広告制作会社や大手CGプロダクションを取引先に3DCGを制作。同時に都内専門学校、クリエイティブ系スクールにて3DCG、WEBの講師を勤める。2003年某ゲーム会社の勤務を経て2007年 に株式会社CORNFLAKES「サンシャイン・デイズ」CG制作の担当をきっかけに2012年株式会社CORNFLAKES取締役及びCGIプロデューサーに就任。

01. 小学5年生でプログラミング開始。ゲーム制作に夢中で取り組む理系パソコン少年時代

宮崎先生は講師のお仕事と並行しSEやWeb、3DCGとクリエイティブ業界を横断するような形でご活躍をされていますが、先生がクリエイターとしての道を選んだ理由をこれまでのご経歴とともにお伺いできればと思います。本日はどうぞ宜しくお願いいたします。

はい。宜しくお願いします。僕の“ものづくり”のきっかけは、とても遡りますが丁度ファミリーコンピューターが出始めた時期、僕が小学5年生位の時でした。周りの友達はゲームで遊ぶ事に夢中でしたが、僕は“ゲームを作る方”に興味を持ちました。このゲームはどういう仕組みで動いているのだろう、とゲームを作る為に初歩的なプログラミングを始めました。。

小学5年生でプログラミングですか?理系のパソコン少年だったのですね。

そうですね。ただ両親からはゲーム禁止!と言われていました。「ゲームをするのは禁止だけどゲームをつくるのは禁止されていない。」と言い訳をしながら作っていましたね(笑) 当時のパソコンは非常に高額で、小学生では買ってもらう事は出来ませんでした。ですのでパソコンを持っている友人の家に遊びに行き、友人は『ゲームで遊ぶ』、僕は『ゲームを作る。』といった感じで過ごしていました。最初は白い□が動くだけでとても感動しました.

中学生・高校生になってもゲーム作りは継続していたのですか?

中学生の時は、週末のボーイスカウトや運動部の活動などアクティブ過ごしていました。ただ家では夢中でゲームを作っていましたね。中学校ではパソコンの授業もスタートしたのですが、大体が知っている内容でした。学校にパソコンを使える先生もあまりいなかったいうこともあり、パソコン授業のテスト問題など、簡単なものは実は僕が作っていました(笑)高校は電子情報科がある学校に進学をしました

宮崎先生のお話では“絵”や“デッサン”のキーワードが出てこないのですが絵の勉強はされていたのでしょうか?

絵の勉強は一切していません。唯一言えば模型が好きでした。決まった型で制作するだけでは無く、型の無いところから3図面を引き、プラ板やパテからパーツをつくる、と工夫していましたね。今でこそパソコンやゲームの自作ってポピュラーですが、この当時から 自作・解体・分解は日常的にしていました。作った模型は模型ショップのショーケースに飾られたり、漫画雑誌のコンテストで入選したりしましたよ。

すごいですね!絵は苦手でもCGクリエイターになれるという理系パソコン男子に夢を与えるお話ですね。

いろんな分野の講師がいるから全方向に学びがある!

観察する力、実現する力を鍛えるには、作りたいもの自身を好きになる事がとても大切

宮﨑弘喜先生

株式会社CORNFLAKES取締役に就任し3DCGクリエイターとして活躍

『シドニアの騎士』『Transformers Prime』担当の最前線CGアニメーターベテラン講師

古岩祥幸先生

現役CGアニメーターとして数々の作品の他、デジタルハリウッド大学・専門スクールの講師として後進の指導にも注力。

『Star Wars The Clone Wars』『Metal Gear Solid 4』等、様々なプロジェクトに携わる

大竹祐次 先生

"フリーランスCGアニメーター"として様々なスタジオ・プロジェクトに携わる

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