公開日:2026-07-30
インクルーシブデザインとは?定義や違い、実践法を解説
公開日:2026-07-30
年齢や身体的特徴、文化的背景の違いによって、製品やWebサイトを使いづらいと感じる人がいます。こうした「使いにくさ」を、企画の初期段階から多様なユーザーとともに解消していく考え方が「インクルーシブデザイン」です。本記事では、インクルーシブデザインの定義やユニバーサルデザインなど類似手法との違いを整理したうえで、7原則と実践ステップ、そしてデザイナー・プロダクト開発者・マーケターそれぞれの実務に活かすための視点を解説します。
インクルーシブデザインとは
インクルーシブデザイン(Inclusive Design)とは、高齢者や障がいのある人、外国にルーツを持つ人など、これまで製品・サービスの主な対象とされてこなかった人々を、企画の初期段階から巻き込みながらデザインを進めていく手法です。あらかじめ「できるだけ多くの人が使えるもの」を目指して設計するのではなく、特定の課題を抱える人(リードユーザー)と一緒に考えるプロセスそのものに重点が置かれている点が特徴です。
インクルーシブデザインの意味と特徴
インクルーシブデザインには、大きく2つの特徴があります。1つ目は多様性の尊重です。障がいの有無や年齢、性別、文化的背景などにかかわらず、多様なユーザーが利用できることを前提に設計を進めます。2つ目はユーザー参加型のプロセスです。設計の初期段階から、従来のデザインでは取り残されがちだった人々の声を取り入れ、フィードバックを反映しながら形にしていきます。
わかりやすい例が、バリアフリーのスロープです。車いすユーザーのために設けられたスロープは、結果としてベビーカーを使う人や重い荷物を運ぶ人にとっても便利なものになります。特定の人の困りごとを起点に考えたデザインが、結果的に多くの人にとって価値のあるものになる。これがインクルーシブデザインの基本的な考え方です。
提唱の背景:ロジャー・コールマン氏と1990年代の英国
インクルーシブデザインという考え方は、1990年代前半に英国の国立美術大学院・ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの名誉教授であったロジャー・コールマン氏によって提唱されたとされています。車いすを使う友人からキッチンのデザインを依頼された際、機能性を重視した設計を提案したところ、友人が本当に求めていたのは「他の人が羨ましいと思うようなキッチン」だったというエピソードがよく知られています。
その後、この考え方は日本にも浸透し、高齢化の進行や多様性への関心の高まりとともに、プロダクト開発やワークショップの現場で取り入れられるようになってきました。
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なぜ今インクルーシブデザインが求められているのか
インクルーシブデザインへの関心が高まっている背景には、社会構造の変化と企業の経営戦略上の位置づけの変化があります。
まず、日本社会の高齢化が挙げられます。総務省統計局の人口推計(2026年7月1日現在、概算値)によると、日本の総人口は約1億2293万人、65歳以上人口は約3619万8千人であり、総人口に占める65歳以上人口の割合はおよそ29%に達しています。約3人に1人が高齢者という社会では、加齢による視力・聴力・操作能力の変化に配慮した設計は、事業を継続するうえで避けて通れないテーマになっています。
出典:総務省統計局「人口推計」(2026年7月1日現在・概算値)、厚生労働省「令和7年 障害者雇用状況の集計結果」
あわせて、障がいのある人を含めた雇用や社会参加の広がりも進んでいます。厚生労働省が公表する令和7年の障害者雇用状況集計結果によると、民間企業における雇用障害者数・実雇用率はいずれも過去最高を更新しており、企業に対しても一定の雇用率達成が法律で求められています。
こうした流れを受け、企業経営の観点でもインクルーシブデザインが位置づけられるようになってきました。経済産業省・特許庁は2018年5月、「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営」を掲げた『「デザイン経営」宣言』を公表しています。さらに2025年3月には、経済産業省(九州経済産業局)が国の機関として初めてインクルーシブデザインをテーマとしたレポート「経営戦略としてのインクルーシブデザイン」を公表しました。同レポートは、周縁の人たちを理解することが主流に革新をもたらすという考え方を示しており、インクルーシブデザインを企業競争力を高める経営手法として位置づけている点が特徴です。
マーケティングやDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の観点からも、多様な人材・顧客層への配慮は企業の重要な経営課題として扱われるようになっています。
ユニバーサルデザイン・アクセシビリティ・バリアフリーとの違い
インクルーシブデザインを学び始めると、「ユニバーサルデザイン」「アクセシビリティ」「バリアフリー」といった、似た文脈で使われる言葉との違いがわかりにくいという声をよく聞きます。
ユニバーサルデザインとの違い
ユニバーサルデザインとは、年齢や性別、障がいの有無、文化的背景などにかかわらず、できるだけ多くの人が利用できるように設計されたデザインのことです。ユニバーサルデザインは「できるだけ多くの人に使いやすいもの」を目標として、主にデザイナー側が汎用性の高い設計を考案するアプローチです。一方でインクルーシブデザインは、「特定の課題を抱える人」の困りごとを起点とし、その人たち自身を設計プロセスに巻き込みながら一緒に作り上げていく点に重点があります。
| 観点 | ユニバーサルデザイン | インクルーシブデザイン |
|---|---|---|
| 起点 | できるだけ多くの人に使いやすい汎用設計 | 特定の課題を抱えるユーザーの困りごと |
| 進め方 | 主にデザイナーが汎用性を追求 | 対象ユーザーを巻き込んだ共創プロセス |
| ゴール | 万人向けの標準解を目指す | 特定ニーズへの対応が結果的に多くの人に価値をもたらす |
アクセシビリティ・バリアフリーとの違い
アクセシビリティとは、年齢や障がいの有無などにかかわらず、サービスに円滑にアクセスし利用できることや、その度合いを表す言葉です。インクルーシブデザインが設計のアプローチであるのに対し、アクセシビリティは「実際にどれくらい利用しやすい状態が実現できているか」という到達度を示す指標に近い概念といえます。
バリアフリーは、もともと建築分野で広まった考え方で、「すでにある障壁を取り除く」ことに主眼があります。これに対してインクルーシブデザインは、「これから作るもの」に最初から障壁が生まれないように設計する点で異なります。
より詳しい用語の解説は、クリエイティブ用語辞典もあわせてご参照ください。
インクルーシブデザインの7原則
インクルーシブデザインを実務に落とし込む際の指針として、Webサイトやアプリケーションの設計・開発に携わる人向けにまとめられた7つの原則がしばしば参照されます。
- 同等の体験を提供する:すべてのユーザーが、異なる手段を用いても同等の体験を得られるようにします。代替テキストや音声解説などが具体例です。
- 状況を考慮する:新規ユーザー、移動中のユーザーなど、置かれた状況によって体験が左右されないよう配慮します。
- 一貫性を保つ:馴染みのある慣例やデザインパターンを一貫して適用し、迷わず利用できるようにします。
- 利用者に制御させる:フォントサイズやコントラストなどの標準設定の変更を制限しません。
- 選択肢を提供する:タスクを完遂するための手段を複数用意し、状況に応じて選べるようにします。
- コンテンツの優先順位を付ける:主要なタスクや情報にユーザーが集中できるよう、優先順位を明確にします。
- 価値を付加する:音声や位置情報などのデバイス機能を活用し、体験に新たな価値を加えます。
インクルーシブデザインの実践ステップ
インクルーシブデザインをどのように業務に取り入れればよいか、代表的な4つのステップに沿って解説します。
誰がどんな場面で排除されているかを把握する
高齢や障がいの有無だけでなく、時間的・金銭的な余裕の有無など幅広い観点で状況を洗い出し、ユーザーインタビューやエスノグラフィ調査で実態を把握します。
多様なユーザーを巻き込んで共創する
平均的なユーザー像から離れた「エクストリームユーザー」の視点を取り入れることで、気づかなかった課題や発想が得られます。
プロトタイプで検証を重ねる
複数の利用方法を用意しながらユーザーテストを繰り返す「デザインスプリント」のような手法も有効です。
継続的に見直す
一度形にして終わりではなく、同等の体験が得られているかを継続的に見直していく姿勢が求められます。
【プロダクト開発者・Web担当者向け】Webサイト・プロダクトへの取り入れ方
アクセシビリティ基準を土台にする
Web領域でインクルーシブデザインを実践するうえで、土台として押さえておきたいのがアクセシビリティの基準です。日本国内では、JIS X 8341-3(高齢者・障害者等配慮設計指針)が、すべての利用者がウェブコンテンツを利用できるようにするための基準として整備されています。この規格は、W3Cが策定する国際的なガイドラインWCAGを日本向けに整備した一致規格であり、デジタル庁や総務省をはじめとする公的機関のWebサイトでも、この基準に沿ったアクセシビリティ方針が公表されています。
設計・実装で押さえたい具体的なポイント
文字サイズや行間を十分に確保すること。背景色と文字色のコントラスト比を確保すること。動画には字幕や音声解説を用意すること。キーボード操作やスクリーンリーダーだけでも一通りの操作が完結するように設計すること。こうした対応は、多様な状況にあるすべてのユーザーの使いやすさにもつながります。
実装段階でつまずきやすいのは、「すべての要件を一度に満たそうとして、かえって画面が複雑になってしまう」というケースです。7原則の「コンテンツの優先順位を付ける」という考え方を意識し、段階的に対応範囲を広げていくアプローチが現実的です。
フォーム・エラーメッセージの設計にも注意
エラーが赤色の変化だけで示され、色を識別しにくい人には伝わらないケースは少なくありません。色だけに頼らずアイコンや文言でも状態を伝えることで、多くのユーザーに情報が届きやすくなります。
【マーケター・ディレクター向け】DE&I視点のUXリサーチと成果への繋げ方
マーケティングやディレクション業務において、多様性(DE&I)を重視したユーザーリサーチをどう設計し、成果に結びつけるかは重要なテーマです。DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)とは、多様性と受容に、公平性(Equity)を加えた考え方です。
実務での取り入れ方としては、まずリサーチ対象者のリクルーティング段階で、年齢・身体的特徴・言語・文化的背景などの観点から偏りがないかを見直すことが挙げられます。インタビューやユーザビリティテストの設計自体にも、質問文が特定の生活様式を前提にしていないかという配慮が必要です。
成果につなげるためには、KPIやリサーチプロセスの一部として継続的に組み込むことが欠かせません。経済産業省のレポートでも、インクルーシブデザインは企業競争力を高める経営手法として位置づけられており、マーケティング部門・ディレクション部門が主導することは事業成果に直結する取り組みとして社内で説明しやすくなります。
多様な働き方や職種の実例については、クリエイターの働き方図鑑でも紹介しています。
企業の取り組み事例
経済産業省が2025年3月に公表したレポート「経営戦略としてのインクルーシブデザイン」には、12の実践事例がまとめられています。家具・文具メーカーのコクヨ株式会社は、2024年の新製品の20%にインクルーシブデザインを導入。遊具メーカーの株式会社ジャクエツは、インクルーシブな視点を取り入れた遊具の開発により、2024年のグッドデザイン大賞を受賞しました。
これらの事例に共通するのは、特定のユーザーの困りごとに向き合うプロセスが、結果として製品全体の価値向上や外部評価にもつながっているという点です。
インクルーシブデザインを体系的に学ぶには
多様なユーザーの視点を取り入れる力は、実際のプロジェクトを通じて経験を積みながら体系的に学ぶことが、実務での再現性を高める近道になります。デジタルハリウッドのUI/UXデザイン専攻(本科)では、ユーザーリサーチやプロトタイピング、アクセシビリティへの配慮を含む設計プロセスを、実践的なカリキュラムを通じて学ぶことができます。
学べる内容:ユーザーリサーチ・プロトタイピング・アクセシビリティに配慮した設計プロセス
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よくある質問
Qインクルーシブデザインとアクセシビリティは何が違いますか?
インクルーシブデザインは多様なユーザーを巻き込みながら設計していく「アプローチ」を指す言葉です。アクセシビリティは、実際にどれくらい多くの人にとって利用しやすい状態になっているかという「到達度」を表します。
Qインクルーシブデザインに取り組むデメリットや課題はありますか?
多様なユーザーの声を反映するプロセスには、通常の設計より多くの時間とコストがかかる傾向があります。すべてのニーズに完全に応えることも難しいため、優先順位を付けながら段階的に対応範囲を広げる進め方が実務上重要です。
Q個人や小規模なチームでもインクルーシブデザインは実践できますか?
既存のアクセシビリティチェックツールで色コントラストやキーボード操作性を確認する、社内の異なる立場のメンバーにユーザビリティテストへ参加してもらうなど、比較的小さな体制でも着手しやすい第一歩があります。
Qインクルーシブデザインを学ぶには何から始めればよいですか?
7原則や実践ステップのように体系立てられた考え方の全体像を押さえたうえで、JIS X 8341-3やWCAGといった基準に目を通し、実際のユーザーリサーチやユーザビリティテストに参加するなど、段階的に実践経験を積むことをおすすめします。
まとめ
- インクルーシブデザインとは、これまで対象とされてこなかった人々を企画の初期段階から巻き込みながら進めるデザイン手法である
- ユニバーサルデザインは「汎用設計」、インクルーシブデザインは「特定の課題を抱える人と一緒に作る」プロセスに重点がある
- 実践は「排除の把握→共創→検証→継続的な見直し」という4つのステップで進められる
- Webサイト・プロダクト開発ではJIS X 8341-3などのアクセシビリティ基準を土台にした実装が求められる
- マーケティング・ディレクション業務ではDE&Iの視点をUXリサーチの設計段階から組み込むことが成果につながる
高齢化の進行や多様性への関心の高まりを背景に、インクルーシブデザインは多くの事業にとって検討する価値のあるテーマになりつつあります。まずは自分の業務範囲でできる小さな一歩から、多様なユーザーの視点を取り入れてみてはいかがでしょうか。
Written By
デジタルハリウッドSTUDIO編集部
全国に展開する「デジタルハリウッドSTUDIO」の運営・広報チームです。Web・UI/UXデザインを学ぶ受講生一人ひとりの挑戦を日々サポートしてきた経験をもとに、現場のリアルな声や最新の学習トピックスを発信しています。