公開日:2025-03-28
インクルーシブデザイン(Inclusive Design)とは、多様なユーザーのニーズに対応し、できるだけ多くの人が利用しやすい製品・サービス・環境を設計するデザイン手法のことです。
インクルーシブデザインの特徴
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多様性の尊重
障がいの有無、年齢、性別、文化的背景など、多様なユーザーが利用できることを前提とします。
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ユーザー参加型
設計プロセスの初期段階から、実際のユーザー(特に従来のデザインでは取り残されがちな人々)を巻き込み、フィードバックを反映します。
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特別扱いではなく、誰にとっても有益なデザイン
例:バリアフリーのスロープは車いすユーザーだけでなく、ベビーカーを使う人や荷物を運ぶ人にも便利になるといった事例です。
インクルーシブデザインとユニバーサルデザインとの違い
ユニバーサルデザインとは
ユニバーサルデザイン(Universal Design)とは、年齢、性別、障がいの有無、文化的背景などに関係なく、できるだけ多くの人が利用できるように設計されたデザインのことです。
ユニバーサルデザインは「できるだけ多くの人に適用できるデザイン」を目指すもので、インクルーシブデザインは「多様な人々とともにデザインを作り上げる」ことに重点を置くものと定義できます。
インクルーシブデザインのメリット
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より多くの人に使いやすい製品・サービスを提供できる
インクルーシブデザインは、多様な背景を持つ人々の意見を取り入れるため、より幅広いユーザーが利用しやすいデザインになります。
→ 例:iPhoneのアクセシビリティ機能(視覚・聴覚障がい者向けのボイスオーバーや補聴器対応) -
ユーザーエクスペリエンス(UX)の向上
多様な視点を取り入れることで、使いやすさや分かりやすさが向上し、すべてのユーザーにとってより良い体験を提供できます。
→ 例:シンプルなUIのデザイン(識字レベルや言語に関係なく使える) -
イノベーションを生み出すきっかけになる
特定の制約を持つユーザーに配慮することで、新しい技術やアイデアが生まれやすくなります。
→ 例:音声アシスタント(SiriやAlexa)
もともとは視覚障がい者向けの技術だったが、すべての人にとって便利な機能に進化。 -
企業のブランド価値向上
社会的責任(CSR)を重視し、誰もが使える製品・サービスを提供することで、企業のイメージ向上につながります。
→ 例:マイクロソフトのインクルーシブデザイン戦略(Xbox Adaptive Controllerの開発) -
法規制や市場のニーズに適応しやすい
多くの国でアクセシビリティに関する法律が整備されており、インクルーシブデザインを取り入れることで、規制に適合しやすくなります。
→ 例:公共交通機関のバリアフリー対応(車いす対応の改札やエレベーター) -
ビジネス機会の拡大
高齢者や障がい者など、従来のデザインではカバーしきれなかった市場にもアプローチできます。
→ 例:ユニクロの「Easy & Smart」シリーズ(着脱しやすい服が高齢者にも人気)
インクルーシブデザインのデメリット
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開発コストや時間が増加する
多様なユーザーのニーズを考慮し、試作やテストを繰り返すため、通常のデザインプロセスより時間とコストがかかります。
→ 例:特定の障がい者向け機能を搭載すると、開発費や検証コストが増加 -
すべてのニーズに対応するのが難しい
完全にすべての人が満足できるデザインを作るのは困難で、特定のユーザーに最適化すると、別のユーザーにとって使いにくくなる可能性があります。
→ 例:シンプルなUIを追求すると、詳細なカスタマイズを求めるユーザーには物足りなくなる -
デザインが複雑になりがち
多様なユーザーを考慮すると、UIや操作性が複雑になり、一部の人にとって逆に使いづらくなることがあります。
→ 例:多機能なアクセシビリティ設定が必要だが、設定項目が多すぎて一般ユーザーには分かりにくい -
企業の収益性とのバランスが難しい
インクルーシブデザインは社会的に意義があるが、コストがかかるため、収益性を確保するのが難しい場合があります。
→ 例:限られた市場(特定の障がい者向け製品など)に特化すると、売上が伸びにくい -
文化や価値観の違いを考慮する必要がある
国や地域によってアクセシビリティの基準や価値観が異なるため、グローバルな製品開発では調整が必要になります。
→ 例:色の識別が難しい人向けにデザインを変更すると、文化的に馴染みのある色使いが変わり、別のユーザーに違和感を与える可能性がある
インクルーシブデザインの手法
インクルーシブデザインは、幅広いユーザーにとって使いやすい製品やサービスを設計するためのアプローチです。その実践には、多様な視点を取り入れながらデザインを進めることが求められる。以下に、代表的な手法を紹介します。
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多様なユーザーとの共創(Co-Creation)
インクルーシブデザインの基本は、ユーザーを開発の初期段階から参加させ、共にデザインを作り上げることにあります。障がい者、高齢者、異文化の人々など、異なる背景を持つ人々の意見を取り入れることで、より多くの人に適したデザインが実現できます。たとえば、マイクロソフトの「Xbox Adaptive Controller」は、障がい者ゲーマーと協力して開発され、多くのユーザーが快適に利用できるデザインとなっています。 -
エンパシーマッピング(Empathy Mapping)
ユーザーの視点を深く理解し、感情や行動を可視化するための手法として、エンパシーマッピングがある。「見ていること」「聞いていること」「考えていること」「感じていること」を整理することで、ユーザーが抱える課題を明確にします。例えば、高齢者の視点を理解するために加齢体験スーツを着用し、日常生活の不便さを体感することで、デザインの改善点を発見することができます。 -
ペルソナとエクストリームユーザーの活用
ペルソナ(典型的なユーザー像)を設定する際に、特定のニーズを持つ「エクストリームユーザー(極端なユーザー)」の視点を取り入れることで、幅広いニーズに対応できるデザインが可能になります。例えば、片手で操作しやすいUIを設計する際に、片腕が不自由なユーザーの行動を観察し、インターフェースを最適化することで、誰にとっても使いやすいデザインが生まれます。 -
ユーザビリティテスト(Usability Testing)
実際に多様なユーザーに試用してもらい、フィードバックを得ることで、デザインの課題を発見し改善する手法です。視覚障がい者にアプリを使用してもらい、スクリーンリーダーへの対応状況を確認する、高齢者にATMを操作してもらい、文字の大きさやボタン配置の最適化を図るといった実践が行われています。 -
デザインスプリント(Design Sprint)
短期間でプロトタイプを作成し、素早く改善を行う手法です。1週間程度の期間で「アイデア出し → プロトタイプ作成 → ユーザーテスト → 改善」を繰り返すことで、インクルーシブな視点を持つユーザーの意見を迅速に反映することができる。Googleがデザインスプリントを活用し、視覚障がい者向けアプリのプロトタイプを迅速に改良した例があります。 -
シミュレーション & プロトタイピング
実際に体験してデザインの課題を発見する手法として、シミュレーションやプロトタイピングがあります。視界をぼやけさせるゴーグルを装着して高齢者向けのデザインをテストする、片手を使えない状態でスマホアプリの操作を試すなどの方法があります。 -
アクセシビリティガイドラインの活用
既存のガイドラインやベストプラクティスを活用することも重要です。例えば、Webコンテンツのアクセシビリティを向上させる「WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)」を参考にすることで、色覚多様性(色弱)の人でも見やすい配色や、音声読み上げ機能の導入などが可能になります。
インクルーシブデザインについてのまとめ
多様性と言われる世の中で、確実に重要になってくるインクルーシブデザインですが、コストがかかったり、すべてのニーズに対応することが難しかったりと、なかなか導入しにくいのも確かです。ですが、必要性を理解することで有益なデザインを生み出していけることを知り、導入を検討していく必要があるといえるでしょう。