公開日:2026-08-31
映画やドラマで見る、実際には存在しない街並みや広大な景色。あれを絵として作り、実写と一体に見せているのがマットペインターの仕事です。マットペインターとは、映像作品の背景となる絵(マットペイント)を制作する職種のことを指します。この記事では、マットペイントという技法の成り立ちから、現在の実務で行われているカメラプロジェクションやLEDウォールを使った背景制作、使用するツール、隣接する職種との違い、そして未経験から目指す方法までを解説します。
マットペインターとは
マットペインターとは、映像作品の背景となる絵を制作する職種のことです。制作された絵そのもの、あるいはその技法を「マットペイント」と呼び、それを描く人をマットペインターと呼びます。
CG・映像の専門メディアであるCGWORLD.jpの用語辞典では、マットペイントを「画面内の一部にペイントされた絵を配置することで、奥行きのある街並みや、複雑な機械が置かれた背景などを、比較的少ない予算と期間で表現する方法」と定義しています。
なぜこの技法が必要なのかは、制作の事情を考えると分かりやすくなります。実際には建てられない建物、撮影に行けない場所、存在しない時代の風景を映像に収めたいとき、実物を用意するには膨大な費用と時間がかかります。そこで、その部分を絵として作り、実写と組み合わせて成立させます。
職種名としては、マットペインターのほかにマットアーティストという呼び方もあります。CGWORLD.jpの用語辞典には、近年はエンバイロメントアーティストが兼任する場合もあると記載されています。制作会社の規模や体制によって、担当の区切り方は変わります。
関連する用語はクリエイティブ用語辞典でも確認できます。
マットペイントの歴史
マットペイントは、映画制作の初期(1900年代初頭)から続く技術です。CGが存在しなかった時代から、背景を絵で補うという発想は使われてきました。
CGWORLD.jpの用語辞典によれば、CGが登場する以前はガラス板などに描かれた絵が用いられていました。
その後、制作のデジタル化が進みました。物理的な板に描く必要がなくなったことで、修正のやり直しや素材の差し替えが行いやすくなっています。
そして現在は、3DCGモデルへの投影(カメラプロジェクション)が活用される段階に入っています。この技術については次章で詳しく説明します。
マットペインターの仕事内容
マットペインターの仕事は、演出意図を受け取り、実写素材と馴染む背景を作り、合成できる形で渡すことです。工程を追って見ていきます。
①打ち合わせ
そのカットで何を見せたいのか、カメラがどう動くのかを確認します。カメラが固定なのか動くのかによって、作り方が根本的に変わるためです。
②素材集め
写真素材、撮影された実写素材、3DCGで組まれた下絵などを集めます。ゼロから描くより、既存の素材を組み合わせて加工するほうが早く、かつ実写に馴染みやすくなります。
③描画
Photoshopなどで背景を描いたり、集めた素材に描き足したりして1枚に統合します。ここで問われるのは、遠近と光を破綻なく揃えることです。
④3D化
カメラが動くカットでは、3Dの形状に絵を投影して立体的に見えるようにします。
⑤引き渡し
コンポジット(合成)の工程で扱える形にして渡します。レイヤーの分け方、解像度、カラースペースの指定など、次の担当が作業しやすい状態にすることが求められます。
ここで押さえておきたいのは、1枚絵として上手いことよりも、実写素材に馴染むこと・カットの中で破綻しないことが優先されるという点です。単体で見れば美しい絵でも、前後のカットや実写の質感と合わなければ使えません。
また、これはチームで進める仕事です。演出意図の確認と修正のやり取りが日常的に発生します。
カメラが動くカットをどう作るか|カメラプロジェクションと2.5D
1枚の絵のままでは、カメラを動かすと不自然になります。そこで、絵を3Dの形状に投影して奥行きを持たせるという手法が使われます。これがカメラプロジェクションです。
Foundryの公式ドキュメントによると、NukeのProject3Dノードは「入力画像をカメラを通じて3Dオブジェクト上に投影する」ノードで、テクスチャプロジェクション(カメラプロジェクション)に使用します。
入力はcam(投影を制御するカメラ)と2D画像の2系統です。主要なコントロールとして、project on(前面/背面/両面)、crop、occlusion mode(self / world)が用意されています。関連ノードとしてUVProjectが挙げられています。
考え方はシンプルです。描いた絵を、スライド映写機のように3Dの板や簡易な形状へ投影します。そのうえでカメラを動かすと、手前の形状と奥の形状の間に視差が生まれ、平面の絵に奥行きが感じられるようになります。
この、完全な3DCGではないが平面でもない中間的な作り方を、2.5Dと呼ぶことがあります。平面を奥行き方向に配置して視差を作る手法です。
つまりマットペインターには、描画だけでなく3D空間とカメラの理解が求められます。どの位置に何枚の板を置けば破綻せずカメラを動かせるかを判断する必要があるためです。合成工程で使われるソフトについてはNukeでできること、3DCG制作全体の流れは3DCGとは何かと制作工程で解説しています。
LEDウォールで変わる背景制作|In-Camera VFX
近年広がっているのが、背景を撮影後に合成するのではなく、撮影現場のLEDウォールに映して撮るという手法です。
Epic Gamesが公開するUnreal Engineの公式ドキュメントでは、In-Camera VFXを「実写撮影中にリアルタイムのビジュアルエフェクトを撮影するための新しい手法」(原文は英語)と定義しています。
構成要素は3つです。LEDライティング、リアルタイムカメラトラッキング、オフアクシス投影(off-axis projection)の組み合わせです。カメラの位置と向きをリアルタイムに検出し、その視点に合わせてLEDウォールに映す映像を計算し直します。これにより、カメラを動かしても背景の遠近が正しく見えます。
目的は明確です。公式ドキュメントには「グリーンスクリーン合成を不要にし、カメラ内で最終的なピクセルを得る」ためと記載されています。関連機能として、nDisplay(マルチディスプレイ管理)、Composure(合成フレームワーク)、Live Link(カメラトラッキング連携)、Remote Controlが挙げられています。
マットペインターにとって、この変化は仕事の形に影響します。従来のように「あとから合成する1枚の絵」を作るのではなく、リアルタイムに描画できる形で背景を用意する必要が出てくるためです。そうした現場では、ゲームエンジンを扱う理解が求められる場面が増えています。
リアルタイムに描画する仕組みについてはリアルタイムレンダリングの仕組みで解説しています。
なお、この手法がすべてのグリーンスクリーン合成を置き換えるわけではありません。予算や規模、表現したい内容によって、従来の合成が選ばれる場面も残ります。
マットペインターが使うツール
マットペインターは、描くソフト、3Dに投影するソフト、合成するソフトを行き来しながら作業します。
| ツール | 開発元 | 用途 | 備考 |
|---|---|---|---|
| Adobe Photoshop | Adobe | 描画と写真素材の合成 | サブスクリプション制 |
| Foundry Nuke | Foundry | コンポジットとカメラプロジェクション | エディションが複数 |
| Autodesk Maya | Autodesk | 投影先となる3D形状(ジオメトリ)の作成 | サブスクリプション制 |
| Adobe After Effects | Adobe | 簡易な合成や動きの確認 | サブスクリプション制 |
Foundry Nuke の料金体系を整理します。2026年8月時点の年額サブスクリプション価格は、Nukeが3,839米ドル/年、NukeXが5,219米ドル/年、Nuke Studioが6,379米ドル/年、Nuke Renderが462米ドル/年です(いずれも税別表示)。同ページ上の最新バージョン表記はNuke 17.1です。
エディションの違いは次のとおりです。NukeXは3Dカメラトラッキングやクリーンアップ・補正のための高度なプラグインを含む上位エディションです。Nuke StudioはNukeXとHieroを統合し、コンポジット・編集・レビューに対応します。
個人で学ぶ場合の選択肢がNuke Indieです。価格は499米ドル/年(2026年8月時点・税別)で、利用条件は年間総収益が10万米ドル未満(またはそれに相当する現地通貨額)であることです。出力解像度は最大4Kまで、1ユーザーにつき1ライセンスのみで、パイプライン内で他のNukeライセンスと併用することはできません。条件を満たせば商用利用も可能です。
Adobe PhotoshopとAutodesk Mayaはいずれもサブスクリプション形式で提供されています。料金は各社の公式サイトで確認してください。
料金や条件は変更される場合があります。ここに挙げた内容は2026年8月時点のもので、導入前に必ず公式サイトで最新の条件を確認してください。
隣接する職種との違い
マットペインターの周辺には、同じく絵を扱う職種がいくつかあります。成果物と目的が異なるため、整理しておきます。
| 職種 | 主な成果物 | 目的 | 主なツール |
|---|---|---|---|
| マットペインター | 本編で実際に使われる背景画 | 実写に馴染ませて画を成立させる | Photoshop、Nuke |
| コンセプトアーティスト | 制作前の方向性を示す絵 | 関係者の合意形成 | Photoshop、3DCGソフト |
| エンバイロメントアーティスト | 環境(背景)全般 | 空間そのものを作る | Maya、Blender、Unreal Engine |
| コンポジター | 最終的な合成画 | 全素材を1つの絵にまとめる | Nuke、After Effects |
| 3DCGデザイナー | 立体データと映像 | 工程ごとの制作 | Maya、Blender ほか |
コンセプトアーティストは制作前の段階で方向性を決める絵を描きます。関係者が同じ完成像を共有するための絵であり、本編にそのまま使われるとは限りません。詳しくはコンセプトアートとはで解説しています。
エンバイロメントアーティストは環境全般を担当し、3DCGでの構築も含みます。前述のとおり、CGWORLD.jpの用語辞典にマットペインターと兼任する場合もあると記載されている職種です。
コンポジターは、マットペイントの受け手にあたります。渡された素材を実写と重ね、色を合わせて最終的な絵にします。
3DCGデザイナーは立体を作る職種の総称で、工程ごとに担当が分かれます。詳しくは3DCGデザイナーの仕事内容となり方で解説しています。職種ごとの仕事内容はクリエイターのお仕事図鑑で職種を見るでも確認できます。
実務では境界が重なることが多く、複数を兼ねる人もいます。「どれか1つだけ」と考えるより、隣の工程まで理解しておくほうが仕事の幅は広がります。
マットペインターになるには
必須の資格はありません。作品で評価される職域です。そのうえで、求められる力を整理します。
必要なスキル
- 遠近と光を正確に扱う描画力 — 実写と組み合わせる以上、パースと光源の方向が合っていることが前提になります
- 写真素材を扱う技術 — レタッチ、色合わせ、質感の統一。ゼロから描くだけが仕事ではありません
- 3D空間とカメラの理解 — カメラプロジェクションで奥行きを作るために必要です
- コンポジットの基礎 — 渡した素材がどう使われるかを知っていると、渡し方が変わります
- 演出意図を汲む力 — 何を見せたいカットなのかを理解していないと、技術的に正しくても違和感が残ります
加えて、伝統的なペインティングの手法、写真、色に関する知識が土台になります。デジタルのツールを使っていても、判断の根拠になるのはこれらの基礎です。
学習の進め方
- Photoshopで背景を描く練習をする(風景、建築、空)
- 実写素材と合成して馴染ませる練習をする
- カメラが動くカットを2.5Dで作ってみる
- 作品をまとめる
ポートフォリオの見せ方
完成画だけを並べるのでは、何ができるのかが伝わりません。素材の内訳(レイヤー構成)と、カメラが動く様子が分かる動画を入れてください。どこまで自分で作り、何を判断したのかが見えることが重要です。
年収について
マットペインター単独の公的統計は存在しません。近い職業としては、厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)に「CG制作(別名:CGデザイナー)」が掲載されており、賃金や労働時間などのデータを確認できます。ただし、これはマットペインターに限定した職業区分ではありません。年収の考え方や統計の読み方はCGアニメーターの年収と給与相場で解説しています。
学び直しを検討する場合、制度の活用も選択肢になります。厚生労働省の専門実践教育訓練給付金は、2026年8月時点で、支給要件を満たしハローワークで支給申請を行うことにより、教育訓練経費の50%(年間上限40万円)が訓練受講中6か月ごとに支給される制度です。資格取得などをし、かつ訓練修了後1年以内に雇用保険の被保険者として雇用された場合は、教育訓練経費の70%(年間上限56万円)に相当する額との差額が支給されます。さらに、訓練修了後の賃金が受講開始前と比べて5%以上上昇した場合は、教育訓練経費の80%(年間上限64万円)に相当する額との差額が支給されます。ただし雇用保険の被保険者期間などの受給要件があり、対象講座も指定されています。申請前に厚生労働省の案内で最新の内容を確認してください。対象となる講座は専門実践教育訓練給付金の対象講座で確認できます。
マットペインターに関するよくある質問
Qマットペイントとマットペインターは何が違いますか。
マットペイントは技法および制作された絵そのものを指し、マットペインターはそれを制作する職種を指します。
Q絵が上手ければなれますか。
描画力は前提のひとつですが、それだけでは足りません。実写素材に馴染ませる技術と、3D空間・カメラの理解も求められます。
Q資格は必要ですか。
公的な情報において、必須とされる資格は示されていません。作品で評価される職域です。
Q年収はどのくらいですか。
マットペインター単独の公的統計はありません。近い職業として厚生労働省のjob tagに「CG制作」が掲載されているため、賃金のデータはそちらで確認してください。マットペインターに限定した職業区分ではない点に注意が必要です。
QNukeは個人でも使えますか。
Nuke Indieが499米ドル/年(2026年8月時点・税別)で提供されており、年間総収益が10万米ドル未満という条件を満たせば商用利用も可能です。ただし出力解像度は最大4Kまでで、他のNukeライセンスとの併用はできません。
Q3DCGができないと無理ですか。
カメラが動くカットでは3Dへの投影が必要になるため、3D空間とカメラの理解はあったほうがよいでしょう。ただし高度なモデリング技術が必須というわけではありません。投影先となる形状は簡易なもので足りる場面もあります。
まとめ
- マットペインターとは、映像作品の背景となる絵を制作する職種です
- マットペイントは映画制作の初期から続く技法で、その後デジタル化が進み、現在は3DCGへの投影が活用されています
- 仕事は、演出意図を受け取り、実写に馴染む背景を作り、合成できる形で渡すことです
- カメラが動くカットでは、NukeのProject3Dなどで絵を3D形状に投影し、奥行きを作ります
- LEDウォールを使うIn-Camera VFXでは、リアルタイムに描画できる形で背景を用意する必要が出てきています
- コンセプトアーティストやエンバイロメントアーティストとは成果物と目的が異なり、実務では兼任されることもあります
- 必須の資格はなく、素材の内訳とカメラの動きが分かるポートフォリオが評価の中心になります
まずは1枚、実写の写真素材と自分で描いた背景を合成して、違和感なく馴染ませる練習から始めてみてください。
映像の背景づくりを学びたい方へ
マットペイントは、描く技術と、実写に馴染ませる技術と、3D空間を扱う技術が重なる領域です。独学では、自分の合成が実務の水準に届いているかを判断しにくいという難しさもあります。デジタルハリウッドの本科CG/VFX専攻ではNukeなどを扱いながら卒業制作まで仕上げ、3DCGデザイナー専攻は働きながら週1日・1年間で学べます。
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デジタルハリウッド スクール 編集部
デジタルハリウッドの専門スクール編集部です。CG・VFX・Webデザインなどクリエイティブ領域の情報を、公式の一次情報にもとづいて発信しています。