本稿はデジタルハリウッドが主催する特別授業『EAT creative program』の内容をカルチャーニュースサイトCINRA.NETがレポートした内容を転載したものです。
「今の世界の変革は、本当にすごいヤツらが何をやるかで決まる。それが急に世の中に出て世界を変えてしまう。」
「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心の関係を研究する脳科学、認知科学者・茂木健一郎。近年は、文芸評論や美術評論などの分野でも活躍する茂木は、様々なメディアを横断しながら、「人間がやるべきこととは何か?」という根源的な問いに向かって、常識に縛られない大きな杭を世間にザクザクと打ち込んでいく、真の「クリエイティブ」を体現する希有な存在といえよう。歯に衣着せぬ発言と学者らしからぬ奔放なアクティブさを武器にして。
そんな茂木が、デジタルハリウッド主催の連続講義『EAT creative program』で受講者に向かって最初に投げたクエスチョンは、「あなたたちは、どういうつもりでデジハリに入ったか?」だった。その問いの前提として茂木は、「今や大学はイノベーションの中心ではない。ましてやマスを牛耳るGoogleでもない」と言い、その理由をこう説明した。
茂木 :今の世界の変革は、本当にすごいヤツらが何をやるかで決まる。私たちの知らないどこかで何かをしていて、それが急に世の中に出て世界を変えてしまうんです。以前、Google DeepMind(イギリスの人工知能企業)が開発した「AlphaGo(AI囲碁プログラム)」がプロ棋士に大勝してニュースになりました。そして今年、「Master」と名乗る謎の打ち手が囲碁対戦サイトに出現し、各国のトップ棋士に驚異的な連勝を遂げて話題になった。その後、Google DeepMindの開発者デミス・ハサビスがTwitterで、じつは「Master」は「AlphaGo」だったとサラッとつぶやき、世間を驚かせました。カッコいいですよね。他にも例えば、OK Goは圧倒的なクオリティーのMVを作り、予告なしにいきなりYouTubeに上げました。それくらい、今の世界は「やってなんぼ」。本当にクオリティが最高なのものは、大学のような場所ではなく、ごく一部の人がこっそり作っている時代なんです。
講義の様子
この話をきっかけに、茂木の講義は「準備したプレゼン資料を読むのはつまらない。せっかくだから、ここでしかできない話をしたい」と、いわゆる「座学」から完全に解き放たれた、受講者とのフレキシブルな対話を軸に展開していく。そこで次に話題に上ったのは、IBMが開発している人工知能「Watson(ワトソン)」だ。(IBM Watsonとは、自然言語処理と機械学習を使用し、大量の非構造化データから洞察を明らかにするテクノロジープラットフォームのこと)
茂木:IBM Watsonが完成度を上げたおかげで、医者や弁護士などの資格系の仕事に危機が訪れます。そもそも今の医者は、病気そのものが何なのかをアイデンティファイできないまま診断、処方をしている。でもWatsonなら、その原因が分かるかも知れない。医者には世界中で発表される論文をすべて読破することは不可能だけど、Watsonならそれが可能だからです。そもそも(情報処理において)人間はAIに対抗できません。だから、偏差値の高い人が医学部に行く必要もない。そういうことはAIに任せればいいんです。みなさんは、ジョージ・ルーカスやスティーブ・ジョブズは頭がいいと思いますよね? これからの人間は、彼らのようなことをやるべきなんです。
茂木健一郎
「AIが持ちえない、人間のクリエイティビティ」を、身を以て体験させアクティブラーニング
ここで茂木は、「ではみなさんは、賢い人とはどういう人だと思いますか?」と受講者に問いかけ、「人の考えつかないことをやる人」「ずる賢い人」などの答えを引き出していく。しかし、前の人と同じ回答をする受講者たちには容赦なく、「僕らが今やっていることはインタラクティブなんだから、他の人と同じことを言ってちゃダメ」と渇を入れる。また、一人ひとりの答えにもその都度、「じゃあ、そういうキミが人生でいちばんヤバかったと思ったときは?」など、問いかけを急角度で変えながら、矢継ぎ早に質問を重ねて思考を深めさせていった。
これらの対話で茂木がやりたかったことは、彼らに正解とおぼしき結論を出させることではなかったはずだ。それが証拠に、茂木自身はそれらの対話を結論づけてまとめることもせず、次々に新たな話題を提供。まさにアクティブラーニング。インタラクティブな対話による発想の転換と発展を、自身の中でイノベーティブに構築させることで、「AIが持ちえない、人間のクリエイティビティとは何か?」を、身を以て体験させているようにも感じられた。
そして茂木は、あるふたりの音楽アーティストにまつわる動画を見せる。ひとつは荒井由実の“ひこうき雲”が流れるアニメ映画『風立ちぬ』のトレーラー。もうひとつは、今は亡き尾崎豊の“卒業”ライブ映像だ。
EAT creative program講義の様子
茂木 :僕は以前、親しくさせてもらっているユーミンの「クリエイターは常に初々しさを求められる」という言葉に衝撃を受けました。先日もコンサートを拝見しましたが、彼女がデビュー時に作った“ひこうき雲”の破壊力に改めて圧倒されました。今のユーミンは昔とは違いますが、そこにはマトリョーシカ人形のように、いちばん奥には昔のユーミンがいる。
クリエイターにおける初々しさ、新鮮さとはいったい何なんでしょう? 尾崎豊も、もし生きていたらきっとユーミンのようになったはず。おじさんの尾崎の“卒業”には、瑞々しい感動があるはずです。クリエイターを目指す人は、ぜひ自分のピュアさ、自分のマトリョーシカ人形を探してください。
「将来、人間は問題を作る人、起こす人になればいい」と脳科学者の視点から解説
そして講座の後半、デジタルハリウッドの杉山知之学長との対話では、AIが進化した未来とその時代の人間についても言及された。茂木は、情報の収集や問題の解決をAIに取って代わられるであろう将来においては、「人間は問題を作る人、問題を起こす人になればいい」と言い、現象学的兆候は人間だけが持ちうるもので、「理論的にもAIからは意識が生まれることはない」と、脳科学者としての視点から解説した。
アニメ、ゲーム、音楽、映画、コンピューターといったクリエイティブ&エンタテイメントな話題から政治、経済、宗教まで、けっしてひとつのトピックに留まることなく、今回の講座テーマのサブタイトルにも提示されていた「~クリエイターが鍛えるべき脳とは~」について、様々な課題が浮き彫りにされた『EAT creative program』第5回。講座の途中、茂木はアカデミズムを筆頭に、既存の価値観やシステムに縛られて世界レベルのものを生み出せなくなっている日本を憂いていたのも印象的だ。だからこそ、「ここに来たみなさんの多くが、クリエイターになることを目指している。日本のアニメやゲーム分野は、世界に届く優れたもの。期待しています」と、何度もエールを贈っていた。茂木から受け取った「クリエイティブとは? クリエイターとは?」という根源的な問いに、受講者たちが自分の仕事、作品を通じて、どんなふうに応えていくかが楽しみだ。
『EAT creative program』の次回講師は、現代美術家・スプツニ子!。世界的活躍を続ける彼女の、斬新なクリエイティブの一端に触れられるはずだ。