デジタルハリウッドSTUDIO高松 ブログ

【セカンドキャリアをここから!】会社員を続けながら、動画クリエイターになるまで

2026-08-07

50代のソフトウェアエンジニアが、動画クリエイターとして歩み始めた5年間

「本業で手を抜いてまで、副業をやろうとは思わなかった。」


そう語るのは、ソフトウェアエンジニアとしてフルタイムで働きながら、副業で動画クリエイターとして5年間活動を続ける山田英基さん(55歳)。


デジタルハリウッドSTUDIO高松の第一期生として学び、現在も会社員と動画クリエイターの二つのキャリアを歩んでいます。



「50代から新しいことを始めるなんて遅いでしょうか。」 スクールにはそんな相談が少なくありません。
今回は、山田さんがどのように"もう一つのキャリア"を育ててきたのかを伺いました。

※このブログは約8分で読めます。

目次

Before 〜受講前の自分〜

Turning Point 〜なぜスクールへ?〜

Learning 〜学んでいた頃〜

After 〜卒業後の5年間〜

Future 〜これから〜

Before 〜受講前の自分〜

「何か新しいことをしたい」という気持ちは、ずっとあった


山田さんは現在もソフトウェアエンジニアとして働いています。
もともと「ものを作る仕事」が好きで、ソフトウェア開発も自分に合っていたと言います。
「新しいことをしたいんですよね。ルーチンワークだけだったら続かなかったと思います。」
そんな山田さんがセカンドキャリアを考え始めた頃、ぼんやりと思い浮かべていたのが「動画制作」でした。
「面白そうだな。」
最初はそのくらいの気持ちだったそうです。
山田さんは「会社を辞めたい」と思って動画制作に興味をもったわけではありません。
むしろ、本業は好きでした。
ソフトウェアを作る仕事は、自分のアイデアを形にできるクリエイティブな仕事。
だからこそ、動画制作にも自然と惹かれたと言います。
50代という年代を迎え、働き方への意識にも変化が生まれていきます。
定年後の働き方を現実的に考えるようになった頃、世の中でも副業という働き方が広がり始めていました。
山田さん自身も、「会社一本」ではない働き方を意識するようになっていったのです。


Turning Point 〜なぜスクールへ?〜

「学ぶなら今しかない」と思った


デジタルハリウッドSTUDIO高松を知った山田さんは、奥様と一緒に説明会へ足を運びました。
当時は、ちょうどコロナ禍。
本業では全国を飛び回る大型プロジェクトを担当し、多忙な毎日を送っていました。
一方で、「動画制作を学びたい」という思いも募っていました。
仕事か、学びか。
どちらかを諦めても不思議ではない状況でしたが、山田さんの考えは一貫していました。
「本業で手を抜いてまで、副業を目指そうとは思わなかった。」
本業をしっかりやり切ること。そして、その上で新しい挑戦も諦めないこと。
そう決意し、デジタルハリウッドSTUDIO高松での学びが始まりました。


Learning 〜学んでいた頃〜

学んだのは、編集技術だけではなかった


出張先からライブ授業に参加し、時間が合えば校舎にも足を運ぶ。
限られた時間をやりくりしながら、一つひとつ学びを積み重ねていきます。
そんな中で山田さんが大切にしていたのは、
「技術の勉強だけじゃなく、必ず何か一つ得て帰ろう。」
という姿勢でした。

受講中、印象に残っているのは、動画編集の技術指導だけではありません。
現役クリエイターとして活躍するトレーナーたちが、どのように仕事を獲得し、どのような働き方をしているのか。そんなリアルな話を聞く時間が大きな刺激になったと振り返ります。

また、動画制作の世界には「正解」がないことにも魅力を感じたそうです。
「正解がない世界が好きなんです。」
本業のソフトウェア開発も、決まった答えをなぞる仕事ではありません。
お客様の要望をもとに、自分で考え、形にしていくクリエイティブな仕事です。
だからこそ、動画制作にも、自分で考え、形にしていく面白さを感じたと言います。

デジハリ受講中に築いたトレーナーとのつながりは、卒業後も続いています。
動画撮影のアシスタントを務めたり、動画制作の相談を受けたり。
技術だけではなく、人とのつながりも、山田さんにとってデジハリで得た大きな財産になりました。


After 〜卒業後の5年間〜

人との出会いが、次の一歩をつくってくれた


初めて自分の名前で見積書を出した日

スクール卒業後、山田さんが最初に携わった作品は、高松北警察署の特殊詐欺防止啓発動画でした。
警察官の皆さんと協力しながら制作した、動画クリエイターとしての第一歩となる作品です。

その後、初めての有償案件が舞い込みます。
きっかけは、短期アルバイト先で出会った社長に、
「動画を作らせてください。」
と自分から声をかけたことでした。
実は、その社長もデジタルハリウッドの卒業生でした。
この偶然の出会いが、新たな仕事へとつながっていきました。
そして、仕事の依頼。
人生で初めて、自分の名前で見積書を作ります。
「手が震えました」
会社員として働いていると、自分の仕事の値段を決めることはまずありません。
実績もない。
相場も分からない。
それでもメールの送信ボタンを押した。
あの日の見積書が、動画クリエイター山田英基としての本当の意味での第一歩になりました。



山田さんの作品をご紹介

山田さんが最初に手掛けた作品は、現在もYouTubeで公開されています。

▶ 初めての制作実績 STOP!特殊詐欺 ≪香川県高松北警察署≫《香川県》
https://youtu.be/fF0F0rhZIrU?si=mLCUdk4jkE_2Lqwu

その後も経験を積み重ね、現在はさまざまな動画制作に携わっています。

▶ ポートフォリオ
https://lit.link/papadstyle



最初から順調だったわけではない

副業を始めて1〜2年目は、声をかけてもらった案件には有償・無償を問わず積極的に参加しました。
「まずは経験を積みたかった。」
「副業の世界では新入社員みたいなものですからね。」
動画制作の履歴書を積み上げていくイメージで、一つひとつの仕事に向き合っていったと言います。
さらに、どの現場でも「今回はこれをやろう」と、自分なりの課題を決めて臨んでいたそうです。
なにより、緊張感のある現場で他のクリエイターと協力して一つの作品を作り上げ、みんなで「お疲れさまでした!」と言うあの瞬間がたまらなかったといいます。

山田さんに転機が訪れたのは3年目頃。
さまざまな現場を経験する中で、
「自分の強みは、撮影から編集まで一貫して担当できること」
だと気付きました。副業で少しずつ得た収入で撮影機材をそろえていくことも、大きなモチベーションになったそうです。空いた時間には撮影の練習も重ねました。
「例えば何ミリぐらいの画角にしたらちょうどいい感じで撮れるんかな、とか。実際にやらないと全然身につかないんですよ」
撮れば撮るほど、その面白さに引き込まれていったそうです。

そこからは、自分の強みを活かせる仕事に力を入れるようになり、それまでの活動で広がった人とのつながりから、継続的に仕事の依頼を受けられるようになっていきます。
さらに、SNSを活用し始めたことも新たな案件獲得につながりました。



現在も、本業を続けながら動画クリエイターとして活動中

会社員として働くだけでは出会えなかった人たちとのつながりも、この5年間で得た大きな財産の一つだと話します。
山田さん自身、この働き方を
「会社員と個人事業主の、いいとこ取り」
と表現します。
「デジハリ受講中に全国を飛び回っていた、本業での大きなプロジェクトをやり終えたんです」
少し間を置いて、山田さんはこう続けます。
「そのタイミングで、セカンドキャリアを本当に真面目に考え始めたんですよ。」
会社から逃げるためではなく、会社でやるべきことをやり切ったからこそ、新しい挑戦に踏み出せた。
だから今も、本業と副業のどちらにも誇りを持って取り組めている。
生活の基盤は本業で守りながら、好きな仕事にも挑戦できる。
それが今の自分には合っていると感じているそうです。


Future 〜これから〜

「もう一本の柱」を育て続けたい


動画制作を始めて5年。
今ではシナリオ講座にも通い、将来は映画制作にも挑戦してみたいと考えています。
最後に、これから挑戦する人へ伝えたいことを伺いました。
山田さんはこんな話をしてくださいました。
「動画編集というと、センスがないと無理と思ってしまう人も多い。
 自分も最初はそう思っていた。
 でも、実際には、続ける中で身に付くこともたくさんある。」
「最初からセンスがある人しか続けられない世界ではない。」
そう語る山田さん。
むしろ、人生経験や長年の仕事で培った力がある50代だからこそ表現できる映像がある。
動画制作は、新しい人生を始めるためではなく、これまで歩んできた人生を活かす仕事なのかもしれません。


編集後記

本業を続けながら、新しい挑戦を始める。
山田さんのお話から伝わってきたのは、「今ある仕事を大切にすること」が新しいキャリアにもつながっていくという姿勢でした。
デジタルハリウッドSTUDIO高松には、山田さんのように一歩ずつ新しい可能性を広げている卒業生がたくさんいます。
「今からでも遅くない。」
そう感じていただけたなら、ぜひ一度スクール説明会で話を聞いてみてください。




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